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父さん がんばる。

仕事に、家事に、子育てに。 がんばる父さんの絵日記

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子どもがやめたいと思うまでやめない。わが家の母乳育児の話【姉編】

まとめ 育児のこと 母さん(おかあちゃん) 娘(はーちゃん) 4コマ漫画

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 育児ブログのテーマとして、欠かせないのが母と子どものおっぱい事情。わが家では、母さんのポリシーとがんばりもあって、2人の子どもを完全母乳そして、断乳をせずに育てることができました。今回は、そんなわが家のおっぱい事情について2回に分けてまとめました。1回目は姉はーちゃん編です。

 

目次

 

【はじめに】最初の大きな壁を乗り越えて。

4コマ漫画:とにかくがんばった母娘。そして母さんの決意

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 母さんは、母乳育児をしてみたいと思っていたため、それを推奨している病院を選びました。ということで、産後の入院時には、授乳についてしっかり指導を受けました(2人目もこの病院での出産だったので、ほかとの比較はできないのですが)。授乳室には、助産師さんが待機。授乳にやってくるママたちに個別でアドバイスをくれるのですが、わが家の場合、母さんのおっぱいの出があまり良くなかったことと、はーちゃんの吸う力が弱かったこともあって、毎回授乳に苦戦していました。

 一度授乳室に入ると40分近く出てこない。部屋の外で待っていると、後から入ったほかのママたちが先に授乳室を出るという状況が心配でした。こういう時って、父親は全く無力ですね。それでも、なんとか母娘でがんばって授乳をマスターしました。

 

マッサージを1回受けたら状況が変わった

 はーちゃんが生まれたのは母さんの実家がある仙台市。当時はまだ気仙沼市に住んでいたので、退院後は母さんの実家で母娘は過ごしました。相変わらず授乳に時間がかかっていた母さん。そこで、近所に母乳育児相談を受け付けている助産院があったので、電話をしたところ、おっぱいマッサージをすすめられました。出張で来てくれるということだったので、お願いすることにしました。

 母さんの話によると、マッサージを1回受けたことで信じられないくらいおっぱいの出がよくなったんだとか。はーちゃんの吸い方もうまくなっていたので、その後は順調に授乳を進めることができました。結局、卒乳するまで粉ミルクは一度も使うことなく育てることができました。

 授乳に苦戦しているママさんへ。一度、母乳育児推奨している助産師さんへの相談をしてみてはいかがでしょうか。

 

卒乳してなくて助かった。震災後の避難所生活

4コマ漫画:娘の食事の心配をする必要はなかった

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 はーちゃんが1歳3カ月を迎えた2011年3月11日。東日本大震災が発生し、当時気仙沼市に住んでいた私たちは、津波で住む場所を失いました。娘を抱きかかえ、命からがら高台に避難した母さんは、この日からはーちゃん(そして私)と近くの避難所で暮らすことになりました。

 東日本大震災をきっかけに取り沙汰された、避難所での物資の準備不足。私たちがお世話になった避難所でも毛布の数さえ足りない状態でした。そこに、赤ちゃん用のミルクや紙おむつなどが十分あるはずもありません。そんな状況でも、はーちゃんが食事に困らなかったのは、離乳していなかったからです。

 後の報道で震災のショックでおっぱいの出が止まってしまったママもいたということでしたから、本当に助かりました。

 

2人目の妊娠が影響?「おいしくなくなった」と突然卒乳

子どもがやめたいと思うまであげる方針

 震災後、仙台市に引っ越してきた私たち。このときすでに普通に食事をとるようになっていたはーちゃんでしたが、寝かしつけるときや、落ち着かせたいときにおっぱいを与え、あえて断乳することはありませんでした。

 ある日、被災者支援の一環で育児相談を受けた母さんは、「いつまで与えていいのだろう」と相談しました。「お母さんの負担にならなければ、子どもがほしがるのをやめるまで与えてもいいですよ」と保健師さんに言われたそうです。ということで、卒乳の時期は、はーちゃん任せ。ということになりました。

 

その日は突然、訪れた。

 はーちゃんがおっぱいを卒業したのは2歳になる直前。このとき母さんのお腹には赤ちゃん、つまりたろちゃんがいました。「これから生まれてくる弟のためにおっぱいを譲ったのかな」なんて思ったくらい、はーちゃんはある日を境にすっぱりとやめてしまいました。

 その理由はよくわからなかったのですが、3歳になったころ本人に直接きいたところ「おいしくなくなったから」と言っていました。乳児の発育段階で、おっぱいの味が変わるということでしょうか?謎は深まるばかりです。

 このように、育児ブログで目にする、卒乳にまつわる母子の激闘は、はーちゃんに関してはまったくなく、あっさりとしたものでした。「それはそれで、さみしいな」と母さん。でも、断乳しないという選択も、母親に体力的にも時間的にも相当な負担がかかるわけで、いずれにしても、母親にとって「子どもの離乳」は、とても大きな問題だなと夫の私であっても考えさせられました。

 

母乳育児にはパパの出番はない?代わりに家事を覚える

私の出番はまったくなかったというわけではありません。

 粉ミルク要らずだった娘の育児。夜泣きする赤ちゃんに、パパが粉ミルクを調合して与える、という育メンの代名詞ともいえる経験を私はすることができなかった。わけではありません。

 マッサージを受けて以来、すこぶるおっぱいの出がよくなった母さん。授乳の間隔があいてしまうと、おっぱいが痛くなるほどで、搾乳機は欠かせないアイテムとなりました。

ピジョン ベビーリズム さく乳器 手動タイプ PPSU

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  このときのものを、袋に小分けにして冷凍保存。これをお湯で解凍したものを哺乳瓶で与える。母さんが外出して留守番をしているときや、母さんが疲れていた場合には私がこうして与えていました。でも、毎日の仕事ではありませんでした。

 

家事をシェアする。という考えは授乳の負担軽減がきっかけ

 このブログの大きなテーマのひとつである「家事のシェア」。私が家事を覚えることにしたきっかけは、授乳中の母さんへの負担軽減のためだということをこちらの記事でお話ししました。

 

 2~3時間に1回のペースで授乳しなければならなかった当時の母さん。「体力も吸い取られる」なんて言ってヘトヘトだった母さんに、もっと早く救いの手を差し伸べることができていれば。いま思うと、申し訳ない気持ちです。だから、いま父さんは家事をがんばっているのかも。

 

ママたちに聞きました。お子さんの卒乳の時期は?

 先日、twitterの投票機能でみなさんにアンケートをとりました。ご協力いただいたみなさまありがとうございました。その結果がこちら。

 

  1~2歳が半数でした。粉ミルクへの切り替え、ママの職場復帰、ママの負担軽減など、各家庭で事情はさまざま。「子どもがやめたいと思うまで」という方針でやってきた、はーちゃんの離乳のタイミングは、ちょっと遅めですがほぼ平均的だったみたいです。そして、すっぱりとやめてくれてとても助かりました。

 一方、息子たろちゃんの場合は・・・3歳以上(3%)に該当。それについては、後日ご紹介します。

 

 母乳育児をまっとうするため、母さん、とにかくがんばった